ボランティアと生活資金
こんにちは、まるぞーです。
今日はボランティアのスタッフミーティングに行ってきました。
8月の特別プログラムが終わったので、それの反省会として、関わったスタッフが集められました。
謝礼は出ないので、労いのお礼として、今日はちょっと豪勢な割このお弁当が出ました。
おいしくいただきました。
さて会議となると、前にも一度書いたように、私は会社の会議が大嫌いでした。
自己中心的で、非常識な輩が何人かいて、その人たちのせいで、ものすごく苦痛な時間を無駄に過ごすことを義務付けられるのが会議だと思っていました。
時には人を傷つける言葉の暴力、つまり暴言やハラスメントなどもありました。
今日もちょっと嫌だったのですが、さすがに今日集まった人たちは常識のある人ばかりで、いやな気分になることもなく、私も発言することができました。
やはりこれが普通で、前の職場が異常だったのだと思います。
でも私は人間というものを信じていません。はじめはよくても、何度も回数を重ねたり、時間が長くなったりすると、だんだん化けの皮がはがれてきて、凶暴になったりするものだと思います。
ですから私は会議は嫌いだし、人とかかわることも嫌いです。
なのにやらなくてもいいボランティアをやって、自ら人とのかかわりを作るなんて、ほんとにおかしな話です。
自分を見ていて、人間ってホントにおかしな生き物だとつくづく思います。
ところで今日集まった人の中の1人の名前を私は間違えて覚えていて、名簿も冒頭で配られたのにもかかわらず、それでも全く気づかず、会議中ずっとその人のことを違う名前で呼んでいました。
終わりごろになってその人から、私は〇〇と言います、と言われて、びっくりしましたが、何とも失礼かつ恥ずかしい思いをしました。
はじめて会った時に,忘れないようにちゃんと手帳に書いておいたのですが、なぜか間違えて覚えていました。
間違って手帳に書いたものと思い、確認してみたところ、手帳にはちゃんと正しい名前が書いてありました。
私以外、皆さん定年退職した人なのですが、なぜ一番若い私がこんなにぼけているのでしょうか。
全く恥ずかしくもあり、悲しくなってきます。最近人の名前が全然覚えられず、一度覚えてもすぐ忘れてしまい、全然出てきません。
ところで他の皆さんは、定年退職して時間があり、お金は年金をもらっているので困っておらず、それでボランティアに参加しているのですが、私は違います。
今日もボランティアの人手が足りなくて困っているという話が出ましたが、若い人は普通忙しいのです。
仕事をしてお金を稼がなければなりません。私もホントはそうです。
来年はどうするかという話になり、来年もボランティアができますかと聞かれ、私は来年はどうなっているかわかりませんが、時間があればやりますと答えましたが、果たして来年の8月、私はどうなっているのでしょうか。
それこそ今と変わらず無職だったら、ボランティアはできますが、それでいいのでしょうか。
周りの人たちも、この人、生活費はどうしてるんだろうかと不審に思いますよね。
私だって、お金に困っていないわけではないんです。
お金さえあれば、きつい仕事より、気楽なボランティアでいいんですけど、それで一生やっていけるかと考えたら、やっぱりちょっと足りません。
老後に破産するのは嫌です。となると今のうちにもう少し稼がないといけません。
投資で何とかならないかなあ。
とりあえずまた問題は先送りです。
それではまた。